「板門店宣言」の要旨
「板門店宣言」の要旨
4月27日、世界中の関心が集まる中、南北首脳会談が板門店で開催された。その中で、金正恩委員長と文在寅大統領は「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」、いわゆる「板門店宣言」に署名した。要旨は、次のとおりである。
・南北関係の改善、発展に向けて、南北当局協議を緊密化するため、南北双方の当局者が常駐する共同連絡事務所を開城地域に設置する。
・「6・15」(2000年「南北共同宣言」記念日、金正日総書記、金大中大統領)など南北が同じような意義を持つ記念日を契機に民族共同行事を開催する。また、「2018年アジア競技大会」をはじめ国際競技大会に共同で参加し、南北が団結した姿を全世界に誇示する。南北分断により発生した人道的な問題を至急に解決するために努力する。南北赤十字会談を開催し、8・15(解放記念日)を契機に南北離散家族再会事業を進める。
・「10・4宣言」(2007年「南北関係の発展と平和繁栄のための宣言」、金正日総書記、盧武鉉大統領)で合意した経済協力事業を積極的に推進していき、東海線および京義線鉄道と道路の連結、近代化に取り組む。
・軍事的な緊張と衝突の原因となる、相手方に対する一切の敵対行為を全面的に中止する。5月1日から軍事境界線一帯で、拡声器による放送やビラ散布などのあらゆる敵対行為を中止し、その手段を撤廃する。今後、非武装地帯が平和地帯となるよう取り組む。
・北方限界線(NLL)一帯を平和水域にし、群発的な軍事衝突を防止する。南と北は双方の間に提起される軍事的な問題を協議、解決するために、5月中に南北将官級軍事会談を開催。
・南と北は停戦協定締結から65年になる今年中に、朝鮮戦争の終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に切り替える。恒久的な平和体制の構築のために、南北米3者会談、南北米中4者会談を積極的に推進。
・完全な「非核化」を通じ、「核のない朝鮮半島」を実現するという南北共通の目標を確認。
「板門店宣言」の中で注目すべきポイントは「非核化」に対する北朝鮮の認識
「板門店宣言」の中で特に注目すべきは、「非核化」について言及があったことだろう。ただ、「非核化」に向けた時期や手段など手続事項には触れられていないこと、言及されているのは「北朝鮮の非核化」ではなく「朝鮮半島の非核化」であることには注意が必要だろう。
まず、「非核化」に向けた時期や手段など詳細な方法論が記されていないことについては、北朝鮮が「非核化」について議論、交渉する相手は韓国ではなく米国だと認識している表れとみられる。そのため、むしろ、「板門店宣言」において「非核化」について言及をされたこと自体驚くべきことである。
「北朝鮮の非核化」と「朝鮮半島の非核化」の違いとは?
次に、「北朝鮮の非核化」と「朝鮮半島の非核化」についてだが、両者はどのような意味を持つのか。「北朝鮮の非核化」は北朝鮮が核開発を停止することを意味しており、「朝鮮半島の非核化」は北朝鮮だけでなく、朝鮮半島全体の「非核化」を意味している。それなら「『朝鮮半島の非核化』の方が広範囲でいいではないか」となりそうだが、「朝鮮半島の非核化」を実現しようとした上で支障になるのが、核兵器を保持する在韓米軍の存在である。つまり、「朝鮮半島の非核化」のためには在韓米軍の撤退が必要となるのだ。
この点、米国が求めているのは「北朝鮮の非核化」である。だが、北朝鮮は、「北朝鮮に『核兵器の放棄』を求めるなら、北朝鮮を脅かす核兵器を保有する在韓米軍を撤去すべき。米国の脅威が消えるまでは北朝鮮には自衛的手段として核を保有する権利がある」という認識を持っており、「朝鮮半島の非核化」を考えている。
この議論については、いささか米国に分が悪いのも否定できない。「核保有国」と「非核保有国」との間には圧倒的な軍事力の差があるが、「非核保有国」が新たに「核保有国」となることは許されないという不平等さ、不公平さは確かにあるからだ。
ただ、これは「核拡散防止条約」のテーマであり、今回のテーマからは逸れてしまうため別の機会に論じることとし、話を「板門店宣言」に戻そう。
「非核化」に向けて北朝鮮とアメリカはどのように折り合いをつけるか?
では、このように米朝間で存在する「非核化」の認識の違いを埋めるものは何か。それこそ米朝間の「平和協定」であると考える。
これまで北朝鮮は「核開発は米国の脅威から自国を守るための自衛手段である。米国からの圧力がなくなれば核を持つ必要はない」と主張している。ただ、在韓米軍の撤退は現実の情勢が考えると難しいし、北朝鮮も米国が在韓米軍の撤退に応じるとは考えていないだろう。
そこで、北朝鮮が在韓米軍の撤退の代わりとして目指しているとみられるのが、「米朝平和協定」の締結であり、米国から北朝鮮の体制保証を得ることである。北朝鮮の発言をそのまま受け止めるなら、北朝鮮のこれまでの敵は米国であり、核を保有する理由は米国から身を守るためだけであった。
もし、「米朝平和協定」が結ばれ、米朝関係が安定すれば、在韓米軍があるとはいえ、米国からの脅威は減少し、北朝鮮は核を保有する必要性も小さくなる。米朝間で「非核化」について折り合いをつけるとしたら、この辺りが妥協案となるのではないかと考える。
なぜ「板門店宣言」で北朝鮮は「非核化」について触れたのか
上述したように、「非核化」というキーワードは米朝間で非常にセンシティブなものである。
筆者は、北朝鮮がその「非核化」というキーワードを、米朝首脳会談の直前であるにもかかわらず、「非核化」の交渉相手ではないとしてきた韓国との「板門店宣言」の中で出してきたことに非常に驚いている。
ここで、「朝鮮半島の非核化」という文言を使えば、米国を刺激することになり、米国の反発を受けて米朝首脳会談が頓挫するおそれもある。
それでも北朝鮮が「板門店宣言」の中で「非核化」について言及したのは、米国や国際社会に向けて「あくまで北朝鮮が考えているのは『朝鮮半島の非核化』である」という意思表示だろう。
アメリカは北朝鮮の体制保証をするのか?米朝首脳会談で「非核化」についてどのような合意がなされるかに注目
国際社会からは、「北朝鮮は『非核化』するつもりはなく、『非核化』する素振りを見せて経済援助を引き出そうとしている」という批判も多く寄せられている。
確かに、いったん核を保有するにいたった国が簡単に核を放棄することは、圧倒的な軍事力を放棄するのと等しく、信じがたいのも理解できる。
ただ、北朝鮮国営メディアでは4月28日に「板門店宣言」の合意内容を伝える中で、「非核化」の意思があることも国内向けに初めて報道しており、「非核化」に真摯に取り組む姿勢を示している。北朝鮮が国内に向けて「非核化」の意思を示したことは、米朝首脳会談に向けて調整が進んでおり、「非核化」について米国と合意が得られ米朝首脳会談を成功させることができるという強い自信の表われだろう。
今言えるのは、北朝鮮が「米国からの脅威が消え去った」と認識するまでは、北朝鮮が核を放棄することはないということだ。
そのため、米朝首脳会談で「非核化」についてどのような議論がなされるか、米国は北朝鮮の体制を保証するのか、平和協定のために北朝鮮はどのような譲歩をするのか、これらの点に注目したい。
八島有佑