24万回再生の「北朝鮮の少女ユーチューバー」
ふっくらした顔つきの女の子が、画面の向こうから英国アクセントの英語で流暢(りゅうちょう)に話しかける。
彼女の名前は、イム・ソンア。ごく普通の女の子のようだが、発信している場所は、なんと北朝鮮の首都、平壌だ。
今年1月に開設され、4月に1回目が放送されて以降、現在6本の動画がアップされている。
いずれも2、3分の短い内容だが、韓国メディアが「北朝鮮の少女ユーチューバー」と紹介したため多くのアクセスを集めている。
特に初回は24万回も再生されている。登録会員も約1万2000人に膨れ上がっている。
革命第1世代、李乙雪元帥の孫娘
米国の北朝鮮専門媒体NKニュースは、この少女が、北朝鮮の最高指導層の子供であることが明らかになったと報道した。
同ニュースによればイム・ソンアは、「ロンドン大使館で働いた北朝鮮外交官イム・ジュンヒョクの娘であり、2015年に死亡した李乙雪(リ・ウルソル)元帥の外孫だ」という。
現在は韓国の国会議員を務める太永浩(テ・ヨンホ)氏の発言だとしている。太は北朝鮮の外交官出身でロンドン大使館での勤務経験がある。イム・ジュンヒョクは同僚だったという。とすれば、イム・ソンアもロンドンで生活していたのだろう。
李乙雪は、故金日成(キム・イルソン)主席とともに抗日パルチザン活動を行って功績を挙げた「革命第1世代」の人物で、人民軍元帥の肩書きを持つ。
2015年に死去した時の葬儀委員長は金正恩(キム・ジョンウン)総書記(当時は第1書記)だった。このことからも大物ぶりがわかる。
イム・ソンアは、これまで発表した映像で、小学5年生であり11歳と自分の年齢を明らかにしている。
「私がどうしてこんなに英語を上手く話すか気になるでしょうね。私は幼い頃から母から英語を学んできました」と説明した。さらに「私が1番好きな本は、J.K.ローリングが書いたハリーポッターです」と、原書を手に自己紹介している。間違いなく英語で読んでいるはずだ。
医療体制を宣伝するのが目的?
2番目の映像では、新型コロナウイルスに感染したとして、自宅で療養する様子を伝えた。
「1週間前の体温は39度でした。薬が足りなくなって心配でしたが、その時ドアのベルが鳴りました。軍医官でした」とし、「私たちは兄弟のような仲になりました」と話している。合わせて軍医官らが、感染したイム・ソンアの面倒を見る場面を伝えた。
携帯電話で撮影したようなぶれぎみの映像だが、いかにもタイミングが良すぎる。北朝鮮の医療体制を宣伝する「やらせ」くささが拭えない。
次の映像は、玉流児童病院という子供病院を訪問した時の映像だ。
「ここは子供たちと看護師、そして医師が住む宮殿のようです」
「今まで宮殿は、王さまと王妃さまが歌って踊って暮らす場所だと思っていましたが、ここは患者のための宮殿ですね」と、あどけなく賞賛している。
ただし、小さな子供が、一般人が自由に出入りできないはずの医療機関を訪ねる。さらには映像を撮るというのも、かなり怪しい行動だ。
大人のカメラマンの影も
その他、アイスクリームを食べ、北朝鮮が自慢する紋繍(ムンス)遊泳場で遊ぶ映像もアップしている。
ところが、一連の映像の中に、イム・ソンアの後ろのガラスに大人のカメラマンが映り込んだシーンがあった。
このため、韓国メディアは、「本人が自発的に撮影しているのではなさそうだ」と疑いの目を向けている。
そもそも北朝鮮では、一般人がインターネットに接続できない。北朝鮮で体制宣伝を担当する朝鮮労働党の宣伝扇動部が関与している可能性も指摘されている。
北朝鮮は2014年ごろから、自国の体制PRのため、ユーチューブを活用し始めた。影響力の大きさに注目したのだろう。
当時は露骨な体制宣伝がほとんどだったが、これが災いしてか、チャンネルを突然閉鎖されたことがある。
このため最近は、ごく普通の女の子を前面に立てて、ソフトに体制宣伝を図っている。
過去にも若い女性が、英語で平壌市内を紹介する番組がユーチューブで流され、関心を集めたことがあるが、永続きしていない。こういう宣伝形式に反対する勢力がいるのかもしれない。
今回の主人公は、北朝鮮の最高エリート層の孫だけに、国を挙げて協力しているのは間違いない。巧みな体制宣伝を織り込みつつ、長く続くかもしれない。
Song A’s Life: My First Video “I am Song A”|송아|
五味 洋治(ごみ ようじ)
1958年長野県生まれ。83年東京新聞(中日新聞東京本社)入社、政治部などを経て97年、韓国延世大学語学留学。99~2002年ソウル支局、03~06年中国総局勤務。08~09年、フルブライト交換留学生として米ジョージタウン大に客員研究員として在籍。現在、論説委員。著書に『朝鮮戦争は、なぜ終わらないか』(創元社、2017年)、『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(文藝春秋、2018年)、『新型コロナ感染爆発と隠された中国の罪』(宝島社、2020年・高橋洋一らと共著)、『金正恩が表舞台から消える日: 北朝鮮 水面下の権力闘争』(平凡社、2021年)など、近著『日本で治療薬が買えなくなる日』(宝島社、2022年)
@speed011