5年間で最低賃金を42%上昇させた
6月4日の朝鮮中央日報日本語版によれば、韓国では過去5年間で未払い賃金が約7兆ウォン(約7300億円)となり、これは同時期の日本と比較して14倍にもなる額だという。
文在寅(ムン・ジェイン)政権による急速な最低賃金の引き上げにより、体力のない中小企業が、賃金をきちんと払えなくなったのが原因だという。保守系の新聞社なだけに、これも文政権の失政を責める好材料と考えているようだ。
文在寅前大統領は、就任時に最低時給を1万ウォン(約1000円)にすることを公約し、2018年に最低賃金を16.4%引き上げている。
さらに翌年も10.9%引き上げが行われ、文政権の5年間で最低賃金は42%上昇。現在の時給9160ウォンとなり、コロナ不況に苛(さいな)まれながらも就任時の公約に近い数字を達成している。
文政権以前の過去20年間で16%を超えたのは金大中(キム・デジュン)政権時代に1度だけ。
低成長時代に入った2010年代には、8%以下の引き上げ率で推移していたことを考えると、確かに常識を逸脱した感はある。
失業率3.8%だが「隠れ失業者」の存在が
「賃上げ率12%以上の引き上げは危険」
と、いうのが経済界の定説。当時から不安視する声は多かった。
2019年1月の失業率が前年より0.6%増えて4.4%になった時には、「街に失業者があふれる」と騒ぎにもなったのだが。その後、失業率は減り続け、年末には前年と同じ3.8%に。
2021年には3.7%と、OECD加盟38か国中6番目に低い数字を維持している。
「心配は杞憂だったということか?」
しかし、韓国の特殊事情も考慮しなくてはならない。
韓国は、自営業者の割合が25.1%と高く、これは米国の4倍、日本の2.4倍。就職できず、しかたなく零細な商売を始める者が多い。それが失業者としてカウントされない「隠れ失業者」になっているという。
0.38倍に急落した有効求人倍率
そこで、有効求人倍率のほうを見てみる。日本では、2019年が1.55倍、2020年は1.18倍だった。
1以上の数値ならば、求人数が就職希望者の数を上回っている“売り手市場”ということだ。
近年の韓国では、有効求人倍率が0.8倍以下で推移し続け、もともと先進国の中では低い数値だった。それが文政権発足した翌年の2018年は0.6倍となり、2019年はさらに0.38倍にまで下落している。
求人率が下がったのは、最低賃金上昇が要因と考えるべきだろうか。
また、超売り手市場となったことで企業は横暴になる。
首切りを恐れる労働者はあらがえず、サービス残業などの不利益を受け入れる。未払い賃金も増えるということだ。
超買い手市場で「甲の横暴」がまかり通る
しかし、韓国企業の未払い賃金問題はいまに始まったことではない。
2009年以降、毎年1兆ウォンを超える額の未払い賃金が生じている。常に日本の10倍近い数字だった。だから、14倍になったからといって、さほど驚くほどのことではないような気がする。
韓国では昔から「甲の横暴」という言葉をよく耳にする。
立場の上の者は、下の者に対して、どんな横暴も働いても許されるという考え。それが雇用関係にも強い影響を及ぼしているという。
低空飛行が続く超買い手市場の中で、立場の弱い労働者に企業の横暴が許されてきた。求人倍率がさらに下がった文政権下で、その傾向が強まったということだろう。
だが、これは韓国産業界の伝統的体質とも言える。
文在寅氏1人に責任を押し付けるのは酷な気もするのだが…。
まあ、甲の横暴がまかり通る韓国社会だけに、「権力を失って弱り目の元大統領には、何を言っても許される?」
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。
\2022年6月28日新発売/
『明治維新の収支決算報告』(彩図社)