文政権の疑惑を追求すると明言した尹新大統領
5月9日、文在寅(ムン・ジェイン)氏は、集まった支持者たちに手を振りながら、大統領府から笑顔で立ち去っていった。しかし、その笑顔の裏には不安の色をにじませているような。
文政権では、朴槿恵(パク・クネ)や李明博(イ・ミョンバク)ら大統領経験者の不正を執拗に追求し、これを逮捕・収監している。当然のこと保守派の“報復”は予測しているだろう。
政権交代のたびに繰り広げられる復讐劇は、もはや韓国政界の恒例行事。
ましてや新大統領となる尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏は、検事総長として文政権閣僚の汚職を追求した人物である。
そのため、政権から疎まれ、検事総長を辞任させられた因縁もあるだけに…、やらないわけがない。というのが、大方の韓国民はそう予測している。
尹氏は大統領選直前に中央日報のインタビューを受けた際にも、政権に就けば、前政権の疑惑や不法行為を「当然、追求する」と明言。
それに対して、文政権が名誉毀損にあたるとして謝罪を要求するなど、大統領選前からすでに戦いの火花がバチバチ散っていた。
また、文大統領や閣僚たちは、刑務所行きを回避するために防衛策を講じている。それが、政権としての「最後の仕事となったか?」
汚点を1つ増やすことにならねば良いのだが…。
左派が支配する国会で逮捕逃れを画策
文氏にとって心強いのは、韓国国会の定数300議席のうち、共に民主党を中心とする左派政党が180議席の過半数を占めていることだ。
韓国国会では大統領選後に、共に民主党が刑事訴訟法・検察庁法の改正案を国会に提出している。
保守系議員たちは、猛反発したが数の論理で押し切られ、政権交代が間近に迫る4月30日に法案は可決されてしまった。
これよって検察は、ごく一部を除いて捜査権を奪われ、警察に移管されることになる。
しかし、警察には政治犯罪などの捜査にノウハウがなく、政権の不正を暴くなんてことはまず不可能。権力の座を退く文氏にとっては好都合だろう。
また、法案では、すでに検察が捜査中の既存事件もすべて警察に送致することになる。
文氏に関しては、以前から東南アジアに移住した長女が住む現地マンションや生活費の出処に関する疑惑があり、最近では、文大統領夫人が着用していた総額数億円にもなる衣装や装身具が、「公費で購入されたのではないか?」という疑惑が韓国内で話題になっていた。
これらの疑惑に対して秘密裏に検察が動いていた可能性もある。
文氏が大統領を退任すれば捜査を本格始動させて逮捕へ。と、そんなシナリオが描かれていたのかもしれない。が、今回の法改正によりすべて封じられてしまった。
釜山の隠居生活にも疑惑がいっぱい
「これは文在寅擁護法だ」
野党やマスコミからは、そのような批判が相次いだ。
5月2~4日に韓国の調査会社4社が実施した世論調査でも、この法改正は52%が否定的だという結果が出ている。
文氏は、釜山近郊に約14億ウォン(約1億3000万円)を投じて屋敷を建設し、完成後はここに住む予定だという。
しかし、この屋敷が建設される土地は、農業専従者しか売買できない農地である。ここにもまた疑惑が。叩けばいくらでもほこりが出てきそう。
法改正で検察側の追求を封じておかなければ、安心して余生を過ごすこともできなかったろう。
「1度も経験したことのない国を作る」
文氏が大統領就任式で発したこの言葉である。
それまでの韓国史で繰り返されてきた前任大統領の逮捕、その負の連鎖を断ち切ることができれば…、確かにこれまでの韓国では経験のないことではある。
果たして、公約は実現されるだろうか。今後に注目したい。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。