融和的な言葉だが

融和的な言葉だが

金与正氏(左から3番目)。2018年4月27日の板門店での南北首脳会談(提供 コリアメディア)

融和的な言葉だが

 「我々は韓国を狙って1発も撃たない」

 という金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党副部長の談話が、4月5日に発表された。

 その3日前には韓国国防省の徐旭(ソ・ウク)国防相が、「韓国軍は北朝鮮のいかなる標的も正確かつ迅速に打撃できる能力を備えている」

 と北朝鮮の弾道ミサイル発射実験による挑発行為に警告していることから、それに対して反論したものと思われる。

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹であり、後継候補者とも言われる人物なだけに、彼女の言動は常に注目を集める。

 ここ数年は「低能」「愚か者」などと韓国を口汚くののしることが多かった。それからすると、今回の発言はソフトで融和的な感じもある。

 しかし、韓国人の反応はといえば、この言葉に激怒している人が多いようで…。

銃弾ところか大砲や魚雷まで撃っていた

銃弾ところか大砲や魚雷まで撃っていた

天安沈没事件で犠牲となった46人を説明するパネル 出典 Exj [Public domain], via Wikimedia Commons

銃弾ところか大砲や魚雷まで撃っていた

 「1発の銃弾も撃たない」と金与正氏は言ったのだが、朝鮮戦争停戦後も北朝鮮は、たびたび銃弾を撃って韓国を攻撃してきた。それは紛れもない事実。韓国人は決して忘れてはいない。

 たとえば、2010年3月26日には、銃弾どころか魚雷を使って韓国海軍の艦艇を沈めている。

 この日、朝鮮半島西方の黄海で韓国海軍の警備艇「天安」が突如、船体が真っ二つに裂けて沈没してしまった。乗員のほぼ半数にあたる46人の命が失われている。

 韓国側は天安を引き揚げて調査し、北朝鮮海軍の潜水艦に攻撃された可能性が高いと判断。

 当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領は、「北朝鮮の軍事挑発」と激しく非難し、北朝鮮船舶の韓国海域での航行を禁止する騒ぎに発展した。

 また、同年の11月23日には、北朝鮮との国境付近にある延坪島が対岸の北朝鮮軍陣地から砲撃される事件が起きている。

 韓国軍も応戦し、双方で数百発の砲弾が乱れ飛ぶ激しい砲撃戦となった。

 延坪島には約80発が着弾し、集落や韓国軍陣地を破壊。韓国軍兵士2人、民間人2人が死亡した。

延坪島付近では海戦が続く

 この他にも延坪島の近海で1999年には、戦闘艦艇同士の海戦も発生した。

 北朝鮮海軍の艦艇が韓国領海を侵犯し、これを韓国海軍艦艇が体当たりして阻止しようとするが、北朝鮮側から援軍の艦艇が駆けつけて発砲し、双方が激しく砲を撃ち合う海戦となってしまう。この時は、北朝鮮海軍の魚雷艇と哨戒艦が撃沈された。

 2002年にも同海域では似たような状況で海戦が起こり、この時には、韓国海軍の哨戒艦1隻が撃沈されて6人が戦死している。

 延坪島付近の海域には、朝鮮戦争停戦時に連合国軍が定めた国境線である「北方限界線」が引かれている。が、北朝鮮側はこれを認めておらず、危険な状況が続いていた。

 2年前にも漂流していた韓国民に北朝鮮軍が銃を乱射して殺害し、延坪島に向けて北朝鮮側の陣地から高射機関銃が発射されるなどの事件が起きている。

 北朝鮮側にも言い分はあるだろう。

 しかし、韓国民からすれば、幾度も大砲や魚雷で攻撃された。この12年間だけでも50人以上が殺されている。とその記憶が鮮明に残っている。

文政権を魅了したツンデレ戦術だったが…

 文在寅(ムン・ジェイン)政権内には、金与正氏のファンが多かったという。

 彼女もそれを意識しているのだろうか。韓国を罵倒しながら、頃合いを見計らったように優しい言葉で融和ムードを演出する。そのツンデレぶりにこれまで文政権は翻弄されてきた。

 今回の発言も少し硬化した韓国側を和らげようという意図ありか。 

 だが、次期政権には、彼女のファンクラブができそうな気配もなく、「韓国を狙って1発の銃弾も撃たない」という言葉は、今の韓国には逆効果にしかならないような…。


【北砲撃】何が起きていた?砲撃170発死傷者22人(10/11/24)

青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。「さんたつ by 散歩の達人」で連載中。 

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