最高人民会議で「海外同胞権益擁護法」採択
北朝鮮の国営メディア各社は、最高人民会議第14期第6回会議(国会に相当)が2月6日、7日の両日、平壌の万寿台議事堂で行われたと報じた。
報道によると、2022年の予算などが決定したほか、「海外同胞権益擁護法」(以下、海外同胞法)と「育児法」が採択された。
海外同胞法については、昨年12月に最高人民会議の招集が公表された際、採択が予告されており、在日コリアンの間でも関心が寄せられていた。
海外同胞法を採択した背景には、現在の朝鮮半島情勢を踏まえ、海外同胞の力を結集する意図があると考えられる。
日本には、海外同胞団体の中でも最大規模とされる「在日本朝鮮人総聯合会」(朝鮮総連)があり、北朝鮮の対日政策に影響する可能性もある。
ただ、2月11日時点で、条文などの詳細は、まったく公表されていないため、そのほかの発表から推測するしかない。
海外同胞の活動に法的保証を付与
海外同胞法を読み解く上でヒントとなるのは、同法と関連して討論したとされるメン・ギョンイル統一戦線部副部長の発言内容である。2月8日の労働新聞が討論内容を伝えている。
討論報道によると、メン・ギョンイル副部長は、海外同胞法の目的について、「同胞らの民主主義的民族権利と利益を擁護保障し、彼らを祖国の統一と隆盛、繁栄のための道に積極的に乗り出せるようにすることに寄与できるように作成された」と説明している。
また、法の意義については、「海外同胞の民族的自尊心と愛国的熱意をより高めることをはじめ海外同胞との活動をより幅広く、強力に展開できる威力ある法的保証が整えられた」との言及がある。
つまり、海外同胞が南北統一活動の構成員であることを前提に海外同胞の権利と利益を保障し、その活動に対して法的保証を付与することが、同法の趣旨のようだ。
海外同胞の民族教育や経済活動を重視
では、海外同胞への法的保証の内容は、どのようなものなのか。
討論報道によると、「海外同胞の権益を擁護保障することに優先権を付与し、政治、経済、社会文化など各分野において同胞に対する奨励および優待、特恵措置を幅広く保障すべき」と伝えている。
また、「海外同胞運動の生命線である民族教育と同胞の経済協力活動をより活性化して各階層の海外同胞が統一愛国運動に新しい信念と勇気を持って奮い立つように鼓舞、激励する」との言及もある。
このことから各種分野での経済的援助や精神的援助、制度的優遇が予想される。特に、海外同胞の民族教育や経済活動を重視していることがわかる。
もし、経済活動に何らかの優遇措置があるとすれば、海外からの投資誘致を強化しているという見方もできるが、このあたりは続報を待たなければならない。
なお、各階層の海外同胞という表現が使われていることから、一部の社会階級だけでなく、商工人や文化人、科学者、知識階級などを網羅的に規定していることがわかる。
海外同胞について国籍や居住国で区別せず
では、そもそも海外同胞をどのように定義しているのだろうか。
「朝鮮民主主義人民共和国の国籍を有する海外公民」に限定するのか、「国籍変更した者も含めた広義の海外同胞」を指すのかで大きく意味が異なる。
討論報道において、「朝鮮総聯と在中国朝鮮人総連合会をはじめとする海外同胞団体」という言及があることから、少なくとも両団体の所属者は含まれると考えていいだろう。
そうすると、朝鮮総連には、外国人登録法上の「朝鮮籍」保有者だけでなく、様々な理由から韓国籍や日本国籍に変更した人もいるので、国籍で区別はしないとみられる。
そのほかにもメン・ギョンイル副部長は、討論で「北と南、海外同胞は生きる場所は、それぞれ異なるが朝鮮民族の一員として、統一愛国の一心同体になって民族大団結の大河に合流すべき」という金正恩(キム・ジョンウン)総書記の言葉も紹介している(金正恩総書記は、今回の会議に出席していない)。
つまり、海外同胞は、国籍や居住国で限定せず、朝鮮半島出身者やその子孫という「血筋」を指しているとも考えられるのだ。
法律を適用していく上で柔軟性を持たせるため、条文上では、定義づけが避けられた可能性もあるが、広義の海外同胞を指していると考えて良さそうだ。
海外同胞法が公表されない理由
今回、条文の代わりにメン・ギョンイル副部長の討論内容を掲載したことは、「討論内容から推察せよ」というメッセージとも考えられる
ただ、海外同胞のための法律なのだから世界各国の海外同胞に法律の内容を広く知らせることが必須に思える。
討論の結果、条文に何らかの修正が必要になったから発表が遅れているのか、それとも、海外同胞組織に対して、今後、限定的に伝達されるものなのか、未公表の理由は不明だ。
詳細な分析のためには、続報を待たなければならない。
八島 有佑
@yashiima