故盧武鉉氏の意思を引き継いだ文在寅大統領
「原子力潜水艦」という言葉は、大型空母と同じくらいに軍事の世界ではインパクトがある。
現在のところ、米英仏ロ中の国連常任理事国のみが保有しており、そのため、原潜保有国は軍事大国といったイメージも強い。
とかく自国の印象や立場にこだわる韓国人の間では、原潜の建造を熱望する声はあった。文在寅(ムン・ジェイン)大統領も大統領選の時に、
「韓国も原潜が必要な時代となっており、米国と原子力協定の改定を論議する」
と、原潜建造に前向きな発言をしている。
文大統領の盟友である故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領もまた、2020年までに原潜を実戦配備する計画を推進していた。
文大統領としては盟友の意思を受け継いで計画を実現したいところだろう。
韓国の原潜建造の障害は米韓協定
昨年にはオーストラリアが、米英の技術協力で6か国目の原潜保有国となる計画が本格化。
韓国世論も「我が国も続くべきでは?」と世論が沸騰している。そういった情勢の変化に大統領も悲願実現の好機と捉えているようだ。
「2021~2025年国防中期計画」には、空母の建造とともに4000トン級原潜3隻の建造計画が盛り込まれている。これに関して韓国国防省では、
「現段階で動力方式を語るのは適切ではない」
とコメントしているが、原子力を用いることを否定せず。その可能性を探っているようだ。
韓国にとって原潜建造の障害となるのは、米韓原子力協定である。
原潜の燃料には90%の高濃縮ウランが必要だが、協定によって韓国では、濃縮の上限を20%とされている。盧武鉉政権が原潜建造を断念したのも米国がこの改定を拒んだからだった。
しかし、盧武鉉政権時代とは米国側の雰囲気も違って、議会では韓国の原潜保有を容認する声も多くなっているという。オーストラリアの原潜建造を容認したことで、ハードルはさらに低くなった感がある。
韓国国防省が4000トン級新型潜水艦の動力形式について言及するのを避けたのは、それに期待してのこと。米国が容認すれば、四半世紀の悲願が達成される。
韓国は原潜を何のために使うつもりか?
すでに韓国は、通常動力の大型潜水艦を自国で建造し、今年8月にはSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射実験にも成功。
また、2000年代には、すでに潜水艦に搭載可能な小型原子炉の基本設計を完了している。米国に容認してもらえさえすれば、原潜を自国建造することは十分に可能だと思われる。
しかし、原潜を保有しても、それを何のために使うのか…、その戦略目的が不明なのだ。
朝鮮半島は、その南方を日本列島によって蓋をされ、東西は中ロに挟まれている。
韓国の領海や経済水域は狭い。無補給で遠方での長期作戦に使用できるのが原潜の最大の利点なのだが、活動領域を狭い水域に限定される韓国海軍には、あまり意味がない兵器である。
ちなみに、米国が保有する攻撃型原子力潜水艦1隻分の建造費で、海上自衛隊が保有する通常型潜水艦4隻以上が建造できるという。
しかも、原潜の燃料棒交換は、船体を輪切りにする大工事が必要となり、交換時には数年間ドック入りすることに。通常動力の潜水艦に比べてコストパフォーマンスもかなり悪い。
それでも韓国が原潜を保有しようというのは、「『軍事大国』のイメージを欲するだけの見栄のためか?」あるいは、「海上自衛隊との戦いや日本へのミサイル攻撃を意識したものか?」
その目論見が前者であればいいのだが。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。