朝鮮中央テレビに写り込んだTシャツが話題
北朝鮮の平壌で10月11日に開催された国防発展展覧会(兵器展覧会)の模様が、朝鮮中央テレビのニュースで報道された。その映像は韓国や日本にも流れてきたのだが、会場に展示された大陸間弾道ミサイルや新型戦車よりも、人々の注目が集まったのはTシャツを着た1人の人物だった。
その人物は展覧会式典の国歌演奏を行った吹奏楽団の指揮者。彼が着ていたTシャツには、なんと最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)総書記の顔が大きくプリントされていたのである。
文革の頃の中国では必須だった毛沢東バッジ
文革の頃の中国では必須だった毛沢東バッジ
政治指導者の偶像崇拝は、共産主義国家にはよく見られる傾向。駅や市街地中心部には指導者の銅像を立て、肖像を描いたグッズも多く作られる。
たとえば、中国では文化大革命の頃に、毛沢東の肖像を描いたバッジが大量生産されて、多くの国民がこれを胸につけていた。当時の中国民にとって儀式など公式の場では不可欠の装飾品だった。
北朝鮮でも故金日成(キム・イルソン)主席や故金正日(キム・ジョンイル)総書記の肖像を描いたバッジが生産され、現在も多くの国民が、これを胸につけていることはよく知られている。
また、北朝鮮の家庭を映した映像には、指導者の写真を額に入れ神棚に祀るようにして飾られているのをよく目にする。
かつて金正恩氏は偶像崇拝を嫌っていたが…
金正恩氏の場合、祖父や父とは違って自分の肖像を描いたバッジを製造することもなく、偶像崇拝には関心を示していなかったと言われてきたが…、ここにきて方針転換、愛され親しまれる指導者のイメージを浸透させようとしているのか。
しかし、北朝鮮では指導者の肖像について、取り扱いには細心の注意が必要になる。政治指導者の顔が写った印刷物を汚したり傷つけたりすると、処罰の対象になるとも言われている。
家の中に飾っているだけの肖像画とは違って、Tシャツを着れば汚れることは避けられない。不注意で破いてしまう可能性があり、また、洗濯すれば顔のところがしわになる。
そう考えると怖くてとても着ることはできない。ゆえに、北朝鮮で金正恩氏のTシャツがブームになることはまずない。そう断言する北朝鮮ウォッチャーは多い。
マニア市場では高値になりそうな予測も
しかし、北朝鮮の国外では金正恩総書記の肖像を描いたTシャツは、それなり売れているようでもある。
スマートフォンに「金正恩Tシャツ」と打ち込んで検索してみれば多くの販売サイトがヒットする。そこには、様々な種類の金正恩氏がデザインされたTシャツの画像を見ることができる。肖像写真を加工したものやイラスト等々。しかし、いずれも「面白Tシャツ」のカテゴリーなだけに、誹謗中傷と取られかねないものも少なくはない。
価格のほうを見ると3000~4000円が中心で、市中で見かけるTシャツと比べて少し高いように思える。
兵器展覧会で見かけた北朝鮮製のオリジナル金正恩氏Tシャツのほうは、おそらく非売品。国外ではかなり貴重なものになるだけに、もしも市場に出回れば、マニアの間では高値で取引されそうな気がする。
ちなみに、金日成バッジなど北朝鮮指導者の肖像を描いたグッズは、厳しく管理されて国外に出回る数はごく限られているという。ヤフオクを見てみれば、初期の金日成バッジなど希少なものは5万円以上の高値がつけられている。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。