海図のデジタル化で全海名を識別番号に
国際水路機関(IHO)では、海図作成の便宜を図るために、「大洋と海の境界線」と呼ばれる図誌を編纂している。海の呼称やその領域を示すガイドラインであり、ここに記された海名が世界標準になる。
「日本海」の名もそこにある。だが、韓国ではこの海を昔から「東海(トンヘ)」と呼んでいると主張する。IHOにも図誌を「東海/日本海」の併記に改めるよう求めて、日本海の単独表記を支持する日本と長年争ってきた。
昨年11月のIHO総会で、この問題にも一応の決着がつく。今後発行される大洋と海の境界線改訂版は、海図のデジタル化に合わせて、海名をすべて固有識別番号で表記することにしたという。日本海の単独呼称は維持するが、海図には識別番号が用いて海名は出てこない。IHOが日韓双方の顔を立てた苦肉の策と考える人もいるが、全海名共通での識別番号導入なので、日韓だけに配慮したものではないことは明らかだ。
しかし、韓国側は日本海の単独呼称が維持されることに納得がいかない。「歴史的に見ても“トンヘ”が正しい」とする証拠探しを続ける研究者や団体の活動は、IHO総会後も相変わらず盛んだという。
“大発見”昔は世界の海図で「東海」が使われていた!?
今年4月には、東アジア歴史財団なる団体が刊行した「西洋古地図の中の朝鮮半島、そして独島」が、その専用サイトに掲載された。
それによると、フランス国立図書館に所蔵される「ラテン語本朝鮮全図」「朝鮮全図」など、18~19世紀頃に編纂された古地図が、「MARE ORIENTALE」と…、つまり、海の名に「東海」が使われていることに着目した。
西欧の古地図にもその名が表記されているのだから、当時はそれが国際的な正式名称として通用していたということに。この事実はトンヘを併記する正当な理由になるというわけだが…。
地図にある東海は、朝鮮半島東側沿岸部を指すもので、日本海全体に使われた呼称ではないという見解が一般的。日本海の単独表記を覆す証拠としては弱いか。事実、この“大発見”も他国でニュースとして取り扱われることはなかった。
しかし、まだまだ諦めない。韓国は1957年にIHOに加盟して以来、日本海の単独表記を世界の地図から排除することが悲願。そこに最も力を入れて活動してきた。今後も新たな証拠を発見したり捏造したりしながら、諦めることなく主張を続けるだろう。
朝鮮総督府鉄道でも東海の名称が使われた
韓国内では古くから、朝鮮半島の東側に広がる海をトンヘと呼んできた。昔から韓国民の間では親しまれて海名であることは、間違いのない事実ではある。朝鮮半島を植民地支配した日本もまた、半島の東側沿岸部を走る朝鮮鉄道の鉄路には「東海線」の名をつけて、その呼名を認めていた。
他の国々でも、国土に面する海をその方角で呼んできた例は多い。たとえば、中国では、日本で東シナ海と呼ばれる海を東海と呼び、元や明代では、日本海を鯨海と呼んだりもしていた。さらに歴史をさかのぼれば、秦の時代の徐福伝説にも東海の呼称が登場するが、ここで言う東海は、東シナ海、日本海、太平洋も含めて中国大陸東側の海域を広く東海と呼んでいたと推定される。
また、バルト海諸国でも、それぞれの国が自国から見た方角で東海、西海、南海などと呼んでいる。
だが、国際的に使用される海名とは切り離して考えるべきだろう。愛称と正式名称は違う。大半の国では、それをわきまえて、状況に応じて使い分ける。問題が起こることはまずない。中国でさえ日本海の表記に異を唱えたことはないのだが…。
青山 誠(あおやま まこと)
日本や近隣アジアの近代・現代史が得意分野。著書に『浪花千栄子』(角川文庫)、『太平洋戦争の収支決算報告』(彩図社)、『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社新書)、近著『日韓併合の収支決算報告~〝投資と回収〟から見た「植民地・朝鮮」~』(彩図社、2021年)。